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昭和25~35年

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京都市河原町四条の結納老舗の店主福田三蔵氏が所有の、京阪の粋客が立木山系と瀬田川と田上山野を見渡す里山の地に憩いを求めたという名残の料亭を、社団法人椎之木会が昭和25年初春に買収し、改装改造し福祉の拠点「落穂寮」が歩みをはじめた。以下は昭和45年湖南市に移転するまで利用された建物群です。

昭和35~55年

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昭和45年に現在地に移転するまでの間、旧南郷敷地で児童50名と法定年齢超過の青年と自由契約児18名、職員20名わせて90名が生活を共にしていた。
この期間に施設設備基準の改定もあり、また入所児童の処遇改善を目指して逐次設備整備の事業が進められた。

昭和56年~現在

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 設立後20年経った昭和45年、大津市南郷の地を離れ,阿星山(湖南市石部町と栗東市境の)の峰から東寺に連なる筋のすそ近く以前小字「馬の背」と称した現在地に移りました。馬の背は太い幹の赤松がそびえたち、昔から松茸がよく取れ村の入り会いの村人が管理する財産区でした。その地を県が買収整地して落穂寮に貸してやろうという移転整備計画が進められたわけです。小高い丘ながら急勾配のの頂にたやすく上がれませんでした、ブルドーザーで整地のため3ヶ月ほどかかって、落穂寮と一麦寮の建設敷地が作られました。

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